2月2日の全校朝会で「友情人形(青い目の人形)・人形を迎える歌について」話をしました。
毎回、校長講話を聞いた後に、書く力を高めるため「話を聞いて分かったこと」について,書く活動を取り入れています。
6年生の感想をご紹介します。
・校長先生は、「どうして人形を交換したのか(目的)と、どうして人形を迎える歌が歌われたのか」について、話して下さいました。
私は、私たちが歌っている「人形を迎える歌」には、とても長い物語があると知り、驚きました。昔、人形が来たときと同じように、優しい気持ちで「人形を迎える歌」を歌いたいと思います。
・アメリカと日本の子どもたちの友情を願い、渋沢栄一とアメリカの博士が協力していたんだなあと思いました。また、今日贈られてきた人形に「人形を迎える歌」を心を込めて歌えてよかったです。人形を大切にしていきたいです。
・僕は、人形を迎える歌が歌われてきている理由がとても知りたかったので、とても嬉しかったです。この歌は、青い目の人形のことが歌われていて、とてもいい歌だなあと、思いました。また、新しい青い目の人形は、スーザンという名前で、とってもかわいい人形だなあ、と思いました。しかも、贈ってきた人の奥さんが着替えの服まで作っていてすごいなあ・・と思いました。
・アメリカから青い目の人形が贈られ、日本から答礼人形を贈って仲良くすると言うことは、とても良いことだなあと思いました。ぼくは、渋沢栄一翁がすごく立派なんだな、と思いました。
・青い目の人形は、一万体以上アメリカからもらったのに、その後の戦争で、二百体くらいになってしまったという話を聞きました。私は、これからも青い目の人形を大切にして、新しくいただいた人形も大切にしていきたいです。「人形を迎える歌」も心を込めてやさしく歌いたいです。
・アメリカから届いた人形のスーザンもかわいらしくて、いいなと思いました。「人形を迎える歌」は、気持ちを込めて歌いたいです。
・私は、アメリカから届いたお人形さんを大切にすることを学びました。
アメリカから八基小学校に届いた手紙を聞いて、私は、後2ヶ月で卒業してしまうけど、卒業するまでお人形さんと仲良くしてあげようと思いました。そして、アメリカと日本がずっと仲良く交流できたらいいなと思いました。
・青い目の人形の話を聞いて考えたことは、「思いやり」を持とうと思いました。なぜなら、アメリカの人と人形計画を実行したのが、栄一翁だったからです。だから、私も、栄一翁のように、思いやりをたくさん持とうと思いました。
・青い目の人形は、日本とアメリカを結ぶ、大切な人形ということがわかりました。
青い目の人形を大切にしていこうと思います。
・青い目の人形のことについて、なぜ人形が贈られてきたかがわかり、渋沢栄一翁のような思いで人形を迎えたいと思いました。また、お手紙や人形を贈って下さるなんて、すごいなと思いました。なので、人形を大切にしていきたいです。
・90年前、日米の関係をより良くしようと、アメリカから人形が贈られ、日本から答礼人形を贈ったのに、願いが叶わず、大きな戦争になったことを、改めて知ることができました。そして、90年後の今、もう一度青い目の人形と手紙をもらったので、昔の願いをかなえられるよう、まずは、思いやりの心をもって、あいさつなど大きな声でできるように、変わっていきたいです。
・青い目の人形は、日本とアメリカが仲良くできるように贈られた人形です。日本も答礼に市松人形を贈りましたが、戦争がおきてしまったところが、とても悲しかったです。日本とアメリカは争いを起こさず、これからも仲良くしたいです。
・シドニー・ギューリックは友情人形を何千体も贈り、すごいと思いました。人形には、歴史が深くあるのだろうと思いました。「人形を迎える歌」も、心を込めて歌いたいです。
・青い目の人形の話をきいて、もっと、人形のことについて知りたいと、思いました。せっかく、アメリカからたくさん人形をもらって、仲良くなっていたのに、アメリカから贈られてきたたくさんの人形が燃やされて、三百体くらいにまで減って、人形がかわいそだと思いました。でも、燃やされるのがかわいそうで、隠されていた人形たちが今でも残っていて良かったし、嬉しかったです。他の学校で見つかった人形も大切にして欲しいと思いました。
・青い目の人形は、アメリカと日本の親善のために贈られてきたという話を聞きました。私は、この話を聞いて、戦争しないでほしいという栄一翁と博士が願いをこめて計画したことを知りました。でも、その願いを裏切るように戦争が起こってしまったことが残念でした。その理由は、戦争を起こさないために贈った人形なので、戦争が起こってしまったら、その意味がなくなってしまうからです。贈られて来たときは、約1万二千体あった人形が300体位しかなくなってしまったそうです。その300体には、戦争というものをしるための人形になってほしいです。
・90年前、アメリカから人形が贈られ、日本からも答礼人形を贈って、仲良くしようとしたけど、日本とアメリカが仲が悪くなり、青い目の人形が大量に燃やされてしまったことが、残念だと思いました。今、八基小学校に青い目の人形が届いたことをとても嬉しく思いました。
・人形が日本に贈られ、答礼として人形を贈ったのは、ものすごい深い意味があったんだんだなあと思いました。「人形を迎える歌」は、色々な所で歌われてきたんだんだなあと思い、これからも大切に歌っていかないといけないなと思いました。
・校長先生から、シドニー・ギューリック博士の孫、ギューリック3世からの手紙や実物の青い目の人形の紹介がありました。とてもわかりやすい話を聞いて、これからも、私たちで青い目の人形を大切にしていきたいです。
今日は、渋沢栄一翁のすごさと青い目の人形の大切さがわかりました。